成人し、本来ならば社会に出て稼いでいてもおかしくはない年頃。それなのにこのような屋敷に閉じこもり、夕方になればフラリと出掛け、気侭に無気力に日々を過ごす。友達もいない。
そこで聖美はふと視線を落す。そうしてゆっくりと栄一郎へ向いた。
「あの、お父様」
「ん?」
自分の意思とは無関係に屋敷へ向かわされ、少々不機嫌そうに反応する栄一郎。そんな相手を刺激せぬよう、聖美はゆっくりと車椅子の斜め後ろを歩きながら、務めて何でもないかのように問いかけた。
「慎二は、相変わらずお友達もいないのですか?」
母としてそんな事も知らないのかと自嘲しながら口にする。対して栄一郎はしばし考え、そう言えばと口を開いた。
「この間、慎二の友人だという者が尋ねてきたな」
「え?」
「慎二に友達だなんて珍しいから、明日は雨かと冷やかしてやった」
「その、友達とは」
軽く生唾を呑む聖美の態度などお構いなしに、栄一郎は答える。
「確か、一人は金本、もう一人は山脇と言ったかな?」
栄一郎の胸を、何かがチクリと刺す。
「たぶん高校生くらいだろう。なかなか見応えのある少年達じゃった。どのような知り合いかは知らんがな」
そう言って、数歩後ろを歩く聖美を振り返る。
「詳しく知りたいなら木崎に聞けばいい。あれはワシらよりもずっと慎二に詳しいからな」
彼の言葉に聖美はニッコリ笑った。そうして栄一郎の後から屋敷に戻りつつ、そっと唇に指を当てた。
少年達―――
ならば、あの少女とは別か。
お父様は、あの少女の事は知らないのかしら?
京都で、慎二の後ろに隠れるようにして同行していた、大迫美鶴という少女。
慎二に友達? しかも女性?
今の慎二を知る者として、どうしても信じられなかった。ただの友達だと説明されても到底納得できるはずがない。
詳しく聞こうと思っていたのだが、パーティーのあった日は忙しくて慎二の宿泊する嵐山へは行く事ができなかった。そしてそのままズルズルと今日まで日々が過ぎ、結局話を聞けないままでいる。
智論が嵐山へ出向いて行ったと聞いているが、その智論とも連絡がすれ違って話が聞けない。
まぁ 智論ちゃんも忙しいからね。
友人であり京都で開かれたパーティーの主催者でもある小窪青羅の娘、小窪智論。智論と慎二は、形式上は許婚という事になっている。
もっともこの取り決めは本当に形だけで、当人達も親同士も、それほどこだわってはいない。ただ、二人が生まれた時の状況が、そのような流れを作ってしまったのだ。
結局は私がいけないのよね。
いくら栄一郎に言われても、やはり自分が悪いと思ってしまう聖美。慎二が今のような人間になってしまったのが自分の責だと思うがゆえ、もし息子を救い出す手立てがあるというのなら、多少犠牲を払ってでも飛びつきたいと思ってしまう。それが母親。
大迫美鶴。
ただの友達だと言っていた。でも、今の慎二に友達なんて。それも異性の友達なんて、できるのかしら。それとも、ひょっとして、慎二は昔の慎二に戻り始めている?
もしそうだとしたならば、原因がどうであれ喜ばしい。
昔の、まだ純粋に世の中に溶け込んでいた頃の、優しく、明るく楽しげな息子。声をかければ笑い返し、誰とでも気さくに会話する。高校生の頃には彼女もいたはずだ。
あの頃の慎二に、戻り始めているのだろうか? だとしたら、その流れを壊してしまうわけにはいかない。ならば、むしろ私のような者は首など突っ込まない方が良いのだろうか?
そう言い聞かせつつもやはり母親として、息子の隣に並んでいた少女が気になる。幼いようでもあり、冷たく大人びているようでもあった。そんな複雑な感情が綯交ぜになった、実に不思議な雰囲気を漂わせた少女。その存在が、母親としてはどうしても気になってしまうのであった。
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